2006/10/31

若冲

おったんが木曜日から日曜日迄帰阪していました。
あいにく私は木・日は、リハで京都のスタジオに籠っているので、十分なご接待ができません。
なので金曜日、いつもはリハの疲れで死んでいるのですが、老体にむち打っておったんにお付き合いしました。
で、行き先は京都近代美術館「プライスコレクション/若冲」・・・はぁ〜、又京都っすか・・・?
でも、若冲にそそられて、いそいそと。

あの思い切った確信のある強い線、はっきりと鮮度のある彩色。
しかも繊細で巧みな、自然を切り取る鋭い、けれど茶目っ気のある観察眼。
若冲の、ズッキュ〜ンとツボに射抜いてしまう、凡人には捉えきれない才能に、心底感嘆の声を上げてしまいます。
長谷川等伯の、霧の中の殆どおぼろな空気感しか漂っていない「松林」が好きな私ですが、
若冲の真逆な、対象に迫る確信犯的な独自さに「お見事〜!」と舌を巻いてしまいます。

そして、ニューヨークの骨董屋の中で若冲を発見したプライス氏に「ありがとう☆」と言いたいですね。

2006/10/25

座右の銘

レイ・ワークスの十二月公演のパンフレットに、出演者の座右の銘を載せるらしく、
木曜日のリハ迄に用意しておくことなんちゃらのメールが・・・。
むむ、座右の銘とな?
ちゃらんぽらんの人生を送って来た我が身とて、そ、そんな銘は・・・。
ま、あえて申すなら、
「待てば海路の日和あり」「果報は寝て待て」あたりかな?
ぐ〜たらで寝坊助、そのまんまだわ。
あ、そうだ
「犬も歩けば棒に当たる」もいいな〜。
「叩けよ、さらば開かれん」「求めよ、さらば与えられん」
場当たり的で、棚ぼた的だね〜、やっぱり・・・。
そしてて究極の銘は、
「降り止まぬ雨はない」「明けない夜はない』かな?

2006/10/20

公演への思い

ぎっくり腰でしばらく養生していましたが、今日二週間ぶりにリハに参加しました。
正直、動けるかどうか不安不安不安〜〜〜。
レイさんやメンバーの優しい言葉に、これまた、有り難いやら申し訳ないやらやら〜〜〜。
舞台監督と音響さんも立ち会いということで、ふんぎゃ、緊張!
でも、良かった・・・。
改めて、公演の舞台への強い思いが確認できたよ、マジ。
レイさんやメンバーやスタッフの方々との、作品へ向かっての意気込みやら心意気といったものがね。
今やっていることが、まさにインヴィジブル・ムーブメントなんだから・・・。

2006/10/15

何とか復活!

昨日からほぼ、普通の生活に戻りました。
腰には、飴ゴムの分厚いバンド巻いてますが・・・。
この1週間程あまり歩いてなかったので、昨夜ふくらはぎがコブラ返りしそうになっっちゃった!!
うんもう、坂を転げ落ちるような体力の急激弱体化には恐れ入っちゃう・・・。

とことん落ち込んだので、あとは這い上がるのみだわっ。
色々ご心配いただきまして、感謝です!
地雷を踏まない様、用心しながら、寝た子を起こさない様、騙しダマしして・・・という体たらくですが、
12月の舞台に向けて、ガンバ!で参ります。

2006/10/07

ただ今、ダブルパンチ・・・

ぎっくり腰とぎっくり背中で、身体の曲げ伸ばしにイタタイタタの情けなさ。
あ〜、これからリハーサルの書き入れ時なのに・・・。
昨日整骨院の先生に、年甲斐もなく動き過ぎ!とレッドカードを言い渡された。
この2週間程、腰や背中が痛いと思いつつ,騙しダマしリハーサルをしていたが、
木曜日、突然リハの最中に腰がグギッとなった〜ァ。
は〜っ、もう、泣きっ面にハチやらマムシ、サソリにヒルって感じだよっ!!
おばぁちゃんの病院のつきそいも、私の方がおばぁちゃんらしい腰つき。
なんてこった〜。
「インヴィジブル・ムーブメント」の「ユクノコル」のシーンそのままになってきたよ。

とにかく、とにかく、早く治して練習しなきゃ!だ。
私に力をお与え下さいっっっっ。

2006/10/02

有りがたや〜☆

来年の3月31日に中学校の同窓会をします。
全員が還暦になった時にということで、還暦記念同窓会です。
昨日、各クラスの幹事12名が集まって二回目の幹事会をしました。
で、チャンスとばかり、今年の12月の公演のパンフとチケットを持って行きましたよ。
現役でまだ踊っている事に、皆さんビックリだし、どんな踊りかも腑に落ちない様子。
バレエでもなし、ジャズダンスでもなし、コンテンポラリ〜?かも・・・。
レイさんのいう、オイリュトミー的と言えば、まっすますわからないし・・・。
でも、おと年の大津の能楽堂の公演を見に来てくれた友達が、「面白かったぞ〜!』とPRをしてくれました。
で、次々6枚お買い上げいただきました。
あと3名も、スケジュールを調整して・・・とのこと。
うれしかったです☆
大体今迄身内か、ダンス関係の友達、普段良く会っている友達、ネット関係の友達・・・
といった方々に見に来ていただいていたのだけど、
5年に1回の同窓会の旧友達も見に来て応援してくれるんだもん!!!
頑張らなきゃ〜。うわ〜ん。
北中の幹事の皆さん、ありがとう〜です☆

2006/09/29

シアンに思案・・・

メカやPCに関してずっとわたしはおったんにオンブにダッコできました。
で、去年からの別居生活で、このところ私はかなり心細いメカ環境に陥っています。
事務所のカラーコピーに変な線が写り出した。
事務所のFAXが半面画像が写らなくなった。
家の電話機の指示画面の点滅が止まらない。
テレビのリモコンが電池を替えても機能しない。
パソコンのプリンターの色が紫がかっている。
メーラーがおかしい。受信は出来ても送信が出来ない・・・。

ざっと見回しても、これ位あります。
カラーコピーは結局業者に電話して、契約を解除して引き取ってもらいました。これ位は出来ました。
FAXはどうしょう?もう寿命なのかしら?おったんが帰阪した時に相談です。
電話機の点滅はどこをいじくっても止まりません。ま、今の所何の支障もないので点滅させたままです。
夜中にこの点滅を見ると、ちょっと不気味ですが・・。
テレビのリモコンは、壊れたと次男に見せたら、彼は裏を見てチョコチョコとボタンを押したら起動しました。
???  どうやらメーカーの設定が何かの拍子で外れたとかの様です。
別買いの文字が大きいリモコンだったので、テレビのメーカーの設定が必要だったのです。
そんなん、知らんかった〜・・・・。
で、パソコン。一番私を悩ましているのが、こいつです。
ちょっとやそっとでは、いきまへ〜ん。
おったんにメーラーの件で尋ねても、電話で言われる事はチンプンカンプン!!
プリンターは次男にインクを買って来てもらって、こわごわシアンのインクタンクをはめ込んだら、
お〜!ワンダフル〜☆
きれいな黒い文字がプリントされました。感動です!
相談したり、助けてもらえる人が周りにまだ居るから、まだこんな位ですんでいますが・・・。
何十年か後、私は一人・・・そんな時、こんなメカオンチでは陸の孤島暮らしだわ〜。

2006/09/28

体育祭

近くの中学校の校庭から組み立て体操のかけ声が聞こえて来ます。
この炎天下に(大阪では今でも日中は30度ぐらいになります!)、ご苦労さんなこっちゃやわ〜・・・。
こう思うのは、私が年をとって来たからなんでしょうね。
で、感心するのが校歌の練習風景です。
みんなと声を合わせて大きな声で歌うってのが、ウザイって言いそうな年頃だと思うのですが、
何度も先生の注意を受けて、1フレーズづつ追って練習している声が聞こえます。
へ〜ぇ、今時の中学生でも、みんな素直に大きな声出してきれいに歌うんや〜・・・。
ちょっと感動しました。
きっと先生方も、いい指導をしてはるんやわと思いました。

2006/09/22

捨てられない

大阪市はこの10月から粗大ゴミの回収を、有料化するという。
あらら,じゃ9月迄に捨てるモノはさっさと捨てな・・・と市の係に電話をかけたがなかなかつながらなかった。
誰しも考える事は同じ。無料の間に捨てなきゃって、駆け込みでみんな申し込んでいる。
ようやっと今日粗大ゴミ4点の回収日となったが、結局2点しか出さなかった。
ネコのこかげがオシッコを引っ掛けた座椅子と、お風呂のパイプ棚。
もう一つ出す筈だった座椅子は息子の反対で。、結局引き続き使用している。
ネコ達のツメで布の部分が引っ掻き傷だらけだけど・・・。

余った電気カーペットも出す筈だったけど、ちっとも汚れてないし、
毎年使っているのが汚れて来たら、これと交換して使おう・・・なんちゃって、引っ込めた。
こんな具合だからちっとも我が家はモノが減らない。
減らないどころか、危うく増えそうだった。
粗大ゴミ置き場に、きれいな扇風機が出されていた。
我が家は結婚以来のモノを未だ使っていて、かれこれ30年位になる。
古びて来てはいるが、壊れていないからずっと使い続けている。
捨てられていたのは10年も使っていないかも・・・?
ちょっと心が動いたが、より新しいから良い・・・という理屈はないので、うっちゃっておいた。

こんな具合で、私は古いモノを、壊れたり破れたりしない限り結構長く使い続けている。
新しくてきれいなモノが好き・・・という感覚があまりないみたい。

2006/09/21

五年一昔

娘が客人を連れて帰阪したので、中之島辺り、淀屋橋から三休橋筋(御堂筋と堺筋の間にある)を通って
レトロビルが点在する北浜迄をブラブラ案内しました。
この辺りのレトロビルは5、6年前、取材をした事もあって良く知っていたつもりが・・・・。

赤煉瓦の東京駅を模したようなかわいい証券会社のレトロビルは仏料理レストランに。
時計台の付いた老舗の時計店はデザイナー等のオフィステナントビルに。
エンタシスの柱頭が豪壮だったステーキ店はケーキ屋さんに替わっていました。
これらのビルはまだ健在で、むしろそのビルの個性ををより有効に利用した形になって良かったのですが、
土佐堀川沿いに並んで偉容を誇っていた、証券会社のレンガ作りのビルは壊されて、
素っ気ないコンクリートの高いビルが建っていました。
町並みの景観として見る側だけの人はいいかもしれないけれど、
使う側にとってはコンピューターの対応にも支障があるし、
容積率にも問題があるし、現代の時間と空間の効率にはそぐわないのでしょうね。
ちょっとばかし今浦島の気分がよぎった、ぶらぶら歩きになりました・・・。

2006/09/16

天満天神繁昌亭

天神橋筋の商店街に入った時、あれ?何か人通りが違う・・・と思いました。
昼下がりなのに結構人が固まって歩いていました。
そうか・・・。納得。
今日は待ちに待った落語の定席小屋「天満天神繁昌亭」の柿落としの日でした。

ちょっと冷やかしに、繁昌亭前まで覗きに行きました。
朝日や毎日の中継車が並んでちょっとした騒ぎです。
丁度3時からの寄席の直前で、ホールの入り口で三枝さんがTVのインタビューに応えている姿が見えました。
春団治さんが寄席を廻る時に乗ってはったという事にちなんで作ったという赤い人力車も、
入り口前に飾ってあります。
触れ太鼓を叩く,若いぼんさん。
なんか、寄席小屋の雰囲気満杯です。
市民や企業の寄付2億円で建てられた・・・というのも、なんかうれしい。
そこの屋根の瓦5、6枚分、私の寄付やで〜、てな感じです。
席の中頃、上手寄りに我がファミリーの名前が書かれた提灯がぶら下がってるとの事。
招待券とご丁寧な提灯のあり場所の席地図迄同封されていました。
オープン騒ぎが一段落したら、寄せて貰おうと思うてます。

昔(33年前!)、広告代理店でコピーライターをしていた頃、
「○芝お笑いアットホーム」というラジオの帯番組のCMコピーを書いていました。
朝丸さん(現在ざこばさん)の司会で、関西のお笑い界の人達総出の番組だったので、
今は重鎮となられた方々の懐かしい名前がいっぱいです。

2006/09/12

さぁ、公演に向けて!

大阪は日中はまだ30度を越す暑さだけど、
空はほうきで掃いたような絹層雲が広がって、風はさわやかです。
12月のレイ・ワークスの公演、いよいよです。
面白いカットで繋ぎ合わせたような衣装も出来上がり、
昨日は写真スタジオでプロフィールやシーンの撮影がありました。
それぞれが踊るシーンを写真の1コマ1コマのカットに納められていきます。
たった7人での公演で、和気あいあいの中にも緊張を含んだ濃密な空気に包まれていました。
12月の舞台に向かっての、おののきとときめきと・・・。

2006/09/06

大連つれづれ4

私達が大連に行くのは8月18日の予定でした。
次男は、その数日前から小泉さんの靖国参拝のすぐ後だから、
反日感情が渦巻いていて騒ぎに巻き込まれるんじゃないか?と心配していました。
石を投げられるとか、果てはガソリン放火とか!
ま、去年はえらい騒ぎでしたから、そう言う事も・・・?あり得ない話ではありません。

大連に着いた時は、現地の通訳ガイドさんがにこやかに出迎えてくれました。
福岡の日本語専門学校で勉強したとかで、上手に丁寧語や尊敬語も話されて、
麗さんという、好感度抜群の美人でスタイルのいい方でした。



朝の広場で太極拳を寄せて貰った時は、隣で舞っていた70歳ぐらいのおばさんが話しかけてくれました。
中国語なのでわからず、覚えたばかりの「我是日本人(ウォーシーリーペンレン)」と言うと、
そうかそうか,とうなづいたような反応をした後、
なんちゃらかんちゃら「あいうえお、かきくけこ、さしすせそ・・・」としゃべり出しました。

そうでしたか・・・。満州時代、日本語教育がなされていたのですね。
「たちつてと」の辺りからは少し怪しくなっていましたが、
まぎれも無く60年以上その日本語の言葉を反復して、忘れないでいて貰っていたのだと感動致しました。

そんな訳で取り立てて反日感情を受けるでも無く、むしろ中日友好といった感じでした。
3日目の晩、例の下痢ピーで、皇帝饗宴のごちそうを辞退して一人ホテルに横になっておりました。
テレビをつけると、日本のNHKプレミアムという海外向けの番組、CNN、
そして中国の番組が二つほどあったでしょうか。
アメリカ映画の中国語字幕のものと、ニュースを放映していました。

そのニュースは小泉首相の靖国参拝の映像でした。
どうも、特番のドキュメントのような作りで、日本人の私でさえ知らない、
靖国神社の内部の神事のような催しが詳しく映し出されていました。
神官の白い衣冠束帯の列が静々と歩く姿を見ていると、
日本って神道の国だったんだ・・・と奇妙な違和感がこみ上げて来ました。
お正月や結婚式、七五三、生後三十日のお参りなど、
時々の行事に衣冠束帯の神官の方の祭り事をそばで日常的に見てはいても、
靖国の神事を切り取ってクローズアップされたものを見ると、
「神国ニッポン!」がものすごく色濃く映し出されているのです。
そのドキュメントはちっともファナティックなものでもなく、むしろ静かに映し出されていたのですが、
私達にとって何の違和感も無い、土俗的な日常的な神社が、
護国大日本帝国の神社の側面を見てしまいました。
中国や韓国からみた日本は、そんな国なのでしょうか?すが

2006/09/02

大連つれづれ3


大連滞在3日目、大連駅裏の卸し市場に出掛けました。
6階建ての大きなビルで、各階衣料品、ファッション小物、インテリア雑貨、食料品などが、
ものすごい量を壁から天井から所狭しとぶら下げて陳列してあります。
例えば、ティッシューボックスのレースカバーばかり山と売っているお店とか、
ピアスやネックレスの安い商品が川の様に流れてぶら下がっているとか。
もう,ゆっくり選んで見ようかな?という気持ちが萎えてしまう位、これでもか!という風に。
欧米のブランド品のバチモン!も、大手を振って大きな顔して沢山並んでいます。(大きな顔し過ぎっっ!)
アディ○スやケ○パーのソックス4足10元(145円)!!
ダメ元で買ってみましたが、(買ったんかい!)結構しっかり作られてて、日本の百均の靴下以上です。

おびただしい品々を一階から順々に見ているうちに、私はお腹がシクシク痛み出し、
もう冷やかしどころではありません。
日本語はダメ,英語もダメ。おったんは屈んでジェスチャーして,店員に尋ねてくれました。
やっとの思いで辿り着いた「手洗間」。
ドアがなかったらどうしょう?ピッピーなのに・・・。
幸い、ドアがありました。でもお風呂場みたいにタイルの床が水浸しです。
3人程前に並んでいるので、観察していました。
用を足すと出て来て、直径一メートル程の大きなプラスチック桶から洗面器で水をすくって、
ドアの中の便器に「ジャーッ!」
成る程、手動式水洗なのです。
でもみんないい加減な「ジャーッ!」なので、そこら中お風呂場のような様相でした。
中国人は,あまり繊細じゃないなと実感・・・。

2006/08/31

大連つれづれ2



泊まったホテルは大連駅前広場を見渡せる、日本の企業が運営しているホテル。
広場では土、日のイベントに向けての舞台の設営がワッセワッセと進められていました。
広告看板、PRイベント、TVコマーシャル・・・。
清涼飲料水、ファッション、デジタル(数匠)商品等のビル一面の大看板!
中には美容整形の広告もありました。
広告代理店の「広告の事は我が社へ」という看板も。
商品が溢れて,競争して商品の購買意欲を煽っている・・・。
ここの国はもはや共産主義の国じゃないのですね。
土地が国有で、一党独裁ということを除いて。
分譲住宅は70年間の土地の借地権が与えられているそうです。
一代半ぐらいの私有になるのでしょうか?



広場や道路脇には露店が沢山並んでいました。
様々な色彩の、おびただしい種類のペットボトルが売られています。
が、どれも日向に並べているだけで,氷で冷やしたり冷蔵して売っている様子がありません。
中国では、食べ物や飲み物を冷やす習慣がないそうです。
昔からの漢方療法の考えが徹底していて、身体を冷やすことを避けているらしいです。
ですからビールも室温のまま。(ウエっって?)
そんな日本人が多いので、日本人向けにレストランでは冷やしたビールも備えられているとか・・・。
で、露店で売っている大きなスイカ。
露店をひやかしながら歩いているうちに、
一行のメンバーの一人が喉が渇いたからと一玉買って、切り分けて貰いました。
日向の生温いスイカ・・・!
せっかくだからと、せっせといただきましたが・・・。
これが後の災いの一因かと?

2006/08/30

大連つれづれ1

最初、おったんから大連旅行に誘われた時には、「え?何でそんなへんぴな所へ?・・・」と思いました。
北京でもなく上海でもなく?
でも戦前の満州国の、日本にとってゆかりのある街だし、アカシアが咲く涼しい所みたいだし・・・と、
大阪の暑さに辟易していた私は、「おばあちゃん、ネコ、アサガオ」に後ろ髪をひかれつつも、ホイホイと!

丁度イギリス方面ではテロ騒ぎで持ち込み品のチェックも厳しかった様ですが、こちらはそうでもなく、
ただ、入国審査では審査官が一瞬ジッと見つめるので、
ちょっと勘違いしてしてしまうぐらいそんなに見つめられることは久々の経験で、
思わずニッと微笑み返しをしてしまいました。
パスポートには来年2月に切れる、丁度10年前の私がいたもんでね・・・。

大連の空港に降り立った時、周りのきれいな住宅群にびっくりしました。
青や赤,緑の洋風建築の一戸建て住宅がズラリと並び、高層のマンションも美しい景観です。
ちょっと前のカーキー色の国民服姿の人や紅衛兵はどこへ行ったの?(古っ?)
広い土地と都市計画でしっかり整備された町並み。
空港から大連市内に入る迄の高速道路からの景観も、緑の街路樹と花とに囲まれて、
この4,5年の中国の高度成長に目を見張る思いです。
日本はリッチになったとはいえ、狭い土地でゴチャゴチャ,電線も空を這い回っているし、
町並みも乱開発。土地が国有っていうのは、こういうメリットがあるのですね〜。

2006/08/26

復活しました〜☆

ご心配いただきましたが、
ようやく、形のあるモノが出て来ました〜。
点滴は、いかにも元気の素を注入している!って感じで、何だか心も身体も癒された気分です。
ピー騒ぎで旅の後半はちょっと冷や汗ものでしたが、
始めての中国大陸(香港は除く)は印象深い旅になりました。
一緒に行った、おったん以外の5人のメンバーも、
上は60過ぎから下は24才の学生と世代様々で、面白かったです。
又後日、「珍道中大連記」なぞ、書かなくちゃね〜。

たらひま〜

ちょっとばかし、アンラッキーな旅行になりました・・・。
私は3日目から下痢ピーに見舞われ、豪華な皇帝宴席もキャンセルして午後からホテルに籠っておりました。

4日目にはおったんが,ダウンです。
その日は,日本焼き肉の有名なお店のご招待だったのに、私はおかゆを作って貰いました。
おったんはごちそうを目の前にして、途中退席と相成りました。
その後もピーは相変わらずで、ちょっとやせた〜!と喜んでも、痛いもんは痛い。
昨日、大阪に戻ってお医者さんに見て貰いました所、
そのお医者さんも二年前に4人グループで大連に行って、「4人ともピーになっちゃったよ〜、」
「あそこは海鮮料理がおいしいからね〜」とか言って、笑ってます。
あの〜、笑い事や無くて、これ、ひょっとしたら「Oー157」とか?
「コレラとか赤痢とか?」
テレビで大連から帰国のKさん、隔離される!なんて、
汚染地区を遡って消毒しているモノモノしいニュース画面が流れているのを想像したりして
恐怖におののいています。
で、注射をしてもらい、この薬で治らなかったら明日、朝一で点滴に来なさいと言われ、
「ま、治るやろ・・・」っと薬を飲んで楽観してたら
まさに昨晩、またまた痛さにのたうち回る事に・・・・。
おかゆだけにしておけば良かったものを、
色々消化の悪いモノ(例えば竹の子の佃煮とか!)食べてしもたからね。
そんな訳で、9時前には点滴打ちに行きまふ。
はよ、治ってくれ〜!
ちなみにおったんは,ピーはしてもお腹の痛みはないそうです。
又違う菌でっしゃろか?

にーはお!!

みなさんおかわりないですか?
大連は予想外に暑いですが、からっとしています。
昨日、今日と朝から労働公園で大極拳を舞っている地元の人たちにまぜてもらいました。
旧日本人街や自然史博物館、にぎやかな市場などをめぐりました。
中国人のバイタリティはすごくて、大阪のおばちゃんもたじたじです。

2006/08/15

ネコとおばぁちゃんとアサガオ

18日から大連に旅行します。おったんと一行に誘って貰いました。
前日から東京に行き、大連に5日間滞在して東京に戻り、翌日帰阪するので足掛け7日間、家を空けます。
大丈夫かな〜?ネコとおばぁちゃんとアサガオ・・・。
昨夜、おばぁちゃんは好物の鯛の兜煮の骨を、のどに引っ掛けてしまいました。
口や気力は相変わらず達者ですが、この暑さに体力が付いてかない感じです。

アサガオも朝晩水をやらないと、ふにゅ〜ってしおれてしまいます。
そして、2匹してグッタリしたり、乱暴狼藉したりと気ままなこかげとひなた。
この子らのウンチやオシッコの世話も、結構気を使います。

「頼むよ、ノリ君!」と次男に言うてますが、「知らんで〜」なんて返事。
アマノジャクオ君なので、きっと「オッケー」の意と解釈はしているのですが・・・。
家が心配だからと断念したくなりますが、今、機会がある時に行かなきゃ、
これから先もっと行きにくい状況になるでしょうからね・・・。