2007/03/28

ガン疑惑から

いろんな妄想が湧き出て、お騒がせしてしまいました。
いつもお見舞いする側だったもので、いつか見舞われる側になることも想定内に入れておく覚悟が要ります。
先日亡くなられた哲学者の池田晶子さんの言葉が新聞に特集されていました。
「死は無なので、死そのものの怖さは無い。
あるのは、別れとか病の痛みの怖さだ・・・」といった内容のものでした。

死は生きているもの全てに与えられているものだから、それはもう無条件に降参です。
私の慌てぶりや妄想は、いろいろの範疇のものでした。
まずは闘病の怖さです。
手術。手術後の痛み、抗がん剤の副作用のつらさ、頭髪が全て抜け落ちる悲しさ。
何度も手術を受けた義母の闘病の姿を見ているので、まさにリアルにイメージが浮かび上がり、
私にはそれに耐える力なんか無〜い!と実感。

そして、家族への心配。
夫や子供らは何とかやって行くだろうとは思っても、やはり生活のリズムが崩れたり、
夢を挫折させたりしないかなど、それぞれに大変な迷惑をかけてしまうし、悲しい思いをさせてしまう。
何とか元気でしっかりしているとは言え、84歳の義母を一人置いては行けない。
私がいなくなることで、それぞれの家族に与える影響は計り知れない。
妄想はどんどん広がる・・・。

私は高価なブランドものを欲しがらず、身の丈にあった経済的な生活をしているし、
お産の時しか入院していないぞ!と安上がりな女を自慢していました。
ガン闘病には、一体どれだけ費用がいるんだろ?
生命保険会社が算定する、数百万単位の費用も頭をよぎりました。
そんな大金を掛ける程、私の人生値打ちないよな・・・。

いろいろな問題や不安が露呈し、今の生活もみんなギリギリのバランスで生きているし、
危ういものです。
そうなったらそうなったで、何とかなるのでしょうが、
やはり盤石の構え、不安のない人生を送っている人なんて誰もいない・・・とも思うのです。

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